NOROIの福袋

中度ASDの日常

ゼミに行き始めました

最近、ゼミが決まりました。

 

そして師事する先生も決まりました。

 

最近、合理的配慮の件とか、困ったことがありその先生に連絡を取って二人で話したことがありました。

 

それで、その対応が素晴らしくて、本当に安心させてくれる対応で、感動しました。

 

私はたぶん、極端に不安になりやすい人間だと思う。

 

でもその師事する先生はものすごく人に安心を与えるタイプの先生です。

障害のことも全部話して、信頼関係を築いています。

 

ゼミにも行き始めたのですが、楽しかった。

 

このゼミに辿り着けたら、もう大丈夫という感覚があった。

 

普通の世間的な感覚とは少し違うと思う。

他大とか別のコースも探してたけど、ここが自分の探していた場所だと思う。

ここに辿り着くために生まれてきたけど、ちゃんと辿り着けてすごい、ビックリという感じ。

 

 

つづく。

霊感

※スピリチュアルな内容です※

 

最近、霊感がまた少し強くなってきています。

 

夜にふっと目覚めると、自分の肩から顔にかけてのあたりから、白い光が伸びているのが見えます。

 

でもそれはすごく安心する光で、最初に霊感が強かった時より、以前より穏やかな感じ。

 

30台に入ってすぐ、霊感が発現した。

 

私は身内がいないので、守護霊様(か何かはわからないけど)がいっしょにいてくれるんだと思うとすごく得難く安心できる感じがします。

 

自分が30年と少しやってきたことは、間違ってなかったんだ、と思えるような気がする。

 

そう思うのは、自分を包んでいる光がすごく良いものだと感じるからです。

 

 

つづく。

ASDの後悔

 今日は一時間目と二時間目に授業があったので、朝早く起きて満員電車に乗って大学に行ってきました。

 

テスト前(まだまだ余裕があるけど)で忙しく、ストレスフルな日々です。

 

昨日書いた強迫性障害はほとんどなくなったかな。何かの拍子に顔を出すけど。

 

最近、とても後悔していることがあります。後悔というか、フラッシュバックなんだけど、以前履歴書に書けるくらい長くつとめた障がい者雇用を積極的にしている有名ブランド(安いブランドだけど)に長く勤めるべきじゃなかったなあ、という後悔です。

 

とにかく障がい者オープン就労だったから病名を言った瞬間差別というか「奴隷」というポジションにじょじょになりました。ふつうのスタッフ(女性ばかり)が落としたものを「拾って」と言われたり、ふつうのスタッフが水こぼしたら「拭いて」と言われたり。散らかしたものを「片付けて」とか。

 

あいさつもほぼ返ってこなかったです。

 

他にもエピソードはいろいろいっぱいあるけど、

とにかく「人間あつかい」ではなく「奴隷」でした。

「奴隷」と言い出したのは私本人ではなく、話を聞いた元主治医です。

 

そんな会社に、履歴書に書けるくらい長く勤めるだけで、はかりしれないほどの悪影響があったと思います。

 

そんな苦労しても何にも良い効果はないし、セルフイメージが「奴隷」になるので最悪です。

 

差別と闘って勝った人はいない。逃げれば良かった、私はA型事業所とか行けたのに、逃げられたのに逃げなかった、という後悔です。

 

もっと自分を大切にすれば良かったと思うけど、当時はできなかった。自分を大切にするということがよくわからなかった。とにかくハローワークで見つけた求人に応募して、何があっても働いて、それ以外何もなかった。

 

人権とか、なかったな、と思う。他にも障害者がいたけど、人権がなくて当然だった。自殺した障碍者もいます。

そういうところから、すぐに逃げるべきたった、と悔やまれる。今ならすぐに逃げてA型事業所とかに行くのに。

 

後悔は尽きないですが、つづく。

強迫性障害

今日はカウンセリングの日でした。

 

昨日、環境問題の授業を受けたのですが、それで2050年には地球が大変なことになっているという2050年問題を聞いて、不安のスイッチが入りました。

 

子供の時から環境問題への、普通の人には理解してもらえないレベルの強い不安があり、それが病気だということに、二十台の終わりに主治医との話の中で気付いた。それは強迫性障害じゃないけど、強迫性障害に近いという主治医の話。

 

それが昨日また爆発して、何もできなくなるほどの強い不安と焦燥感。危機感。

 

主治医の話では、環境問題を通して、自分も環境を汚しているんだという意識を通して、「原罪」を感じているんだ、それは感受性が強いから、という話だった。

 

その話をカウンセラーさんにしたけど、わかっていただけたかはわかりません。

 

しかし、だんだん親子関係の話になり、親子関係によって強い不安感を感じやすい性質になったのかもしれないと自分では思った。

 

こうやって今逃げるように一人で暮らして隠れているけど、そうする以外他にどうしようも、道がなかったなと思う。

 

逃げて、アパートを借りて、引っ越し転々として、今ここにいる。

 

2050年は、私が自分で思っている自分の寿命を超えているので、もう死んでいる計算です。

でもそれまでにいろいろ計算外のことがあったらすごく嫌だなあと思う。

 

今までの人生ものすごく環境問題に囚われて生きてきたけど、これからは私だけじゃなくみんなが同じ意識を持って生活してくれたらいいなと思う。

 

つづく。

守護霊

※スピリチュアルな記事です※

 

 

今は、霊感が以前よりずっと弱くなっています。

 

 

それでも、自分の守護霊様なのか何なのかわからないけど、自分を包んでいる光は夜になると見えます。

 

それを最初に見た時、枕元に水晶のクラスターを置いていたので、水晶のオーラか何かだと思った。そのときは霊感が強い時期だったから、ものすごくはっきりと見た。ものすごく綺麗な白い緻密な、強い光だった。

 

何回も見ているうちに、それが自分を包んでいる光だとわかった。

 

だんだん見る力は弱くなってきているけど、それを見ると今は安心する自分がいる。

以前は霊感がすごく怖くていやだと思っていたのに。

 

「霊感いらない」と思っていたし、そういうものに溺れてはいけないと思っているけど、それが自分は間違っていないという、示唆みたいなものに思える。

その光が、本能的に良いものだとわかるので、自分が道を外れていないということの証明になる気がする。

 

つづく。

通院

今日は通院日でした。

 

最近替わったばかりの若い主治医と、今日はよく話せて心が通じた気がしました。

 

面白くて早口で無邪気な米津玄師という感じの若い医師です。

 

この薬(統失に使う)を出すからと言って、あなたをおかしいとは思っていない、薬を飲みたくないならちゃんと言ってほしい、ちゃんと誤差がないようにお互い話してやって行きましょう、ということを、早口で言われた。

 

やっぱりさすが医者になる人だけあって、見た目普通のお兄さんなのに、ものすごく人間性が上品で心が豊かで、きちんとした人だなあと思います。

 

最近大学でも頻繁に思うのですが、たぶん、そういう人を単に「育ちが良い」と言ってはいけないんだと思う。今までは言ってたかも。でも、すごく良いおうちでお金持ちに生まれた人でも、恵まれた人でも、きちんと育つことがない人もたくさんいる。本人の努力もあるはず。

 

ASDである私は30前くらいまで、人にたいする想像力があまり働かなくて、人とか協働に対する興味もなかった。その代わりに人ではなく環境問題とかに興味があって、いつも必死でエコなことをしたりしてた。

 

でも最近は加齢によって人とかかわることも大分できるようになってきて、人として人に対する接し方を磨きたいとか、他者と協働したいという気持ちが少し出てきた。

 

人として、優しくなりたいとか、誠実でありたいと思う。

 

つづく。

経過

最近忙しくて寒いです。

 

寒くなると私は急にメンタルが悪化してうつとか解離が出てくるタイプです。

 

そのうえ忙しいので、あまり状況はよくないかもしれない。

 

しかし、数年前まで働いていた小売店時代を今日ふっと思い出すと、秋冬は本当に胸が塞がれていて鬱も解離もフラッシュバックも酷かったことを思い出した。

 

そのことを思い出すと、今は全然良くなっている!と感じました。

 

よくよく思い出すと、長い期間で考えると、トラウマも解離性障害うつ病もたぶん少しずつ良くなっていると思う。

 

毎日フラッシュバックと今も戦っているけど、きっと昔よりはましになっているんだと思う。

 

私は今までの人生で、こんなに「生きたい」と思った事がない。

 

ゼミも決まったし、師事する先生も決まった。

 

私はここに来るために、この人たちに会うために生まれてきたんだという感覚がある。

 

病気を抱えながらでも、この人たちと一緒にいたい、もっと生きたいと思っている。

 

生きて、人生でやるべきことをしたい。

 

つづく。